令和8年10月1日から、カスタマーハラスメント対策と求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が事業主の義務になります。根拠となるのは令和7年6月11日に公布された令和7年法律第63号ですが、この法律は3つの法律を一括で改正するもので、事業主が対応すべき期日も2段階に分かれています。「10月から何かが義務化されるらしい」で止まっている事業主の方に向けて、まず改正法の全体像を整理します。
改正法とは(令和7年法律第63号)
正式名称は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」です。令和7年6月11日に公布され、同日付で厚生労働省から通達(基発0611第1号・雇均発0611第1号)が発出されました。本記事では、この通達にならって以下「改正法」と呼びます。
報道では「カスハラ防止法」と呼ばれることが多いのですが、そういう名称の法律が新設されたわけではありません。実際には次の3つの法律をまとめて改正するものです。
- 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)
- 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(男女雇用機会均等法)
- 女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)
具体的な措置の内容を定める指針は、令和8年2月26日に告示されています(厚生労働省告示第51号=カスタマーハラスメント指針、同第52号=求職活動等における性的な言動に関する指針)。いずれも令和8年10月1日から適用されます。
改正の4本柱
改正内容は大きく4つに分かれます。
| 柱 | 改正される法律 | 根拠条文(改正後) | 性格 | 施行日 |
|---|---|---|---|---|
| ①カスタマーハラスメント対策 | 労働施策総合推進法 | 第33条第1項 | 措置義務 | 令和8年10月1日 |
| ①’ 他の事業主への協力 | 労働施策総合推進法 | 第33条第3項 | 努力義務 | 令和8年10月1日 |
| ②求職者等セクシュアルハラスメント対策 | 男女雇用機会均等法 | 第13条第1項 | 措置義務 | 令和8年10月1日 |
| ③治療と就業の両立支援 | 労働施策総合推進法 | 第27条の3第1項 | 努力義務 | 令和8年4月1日 |
| ④女性活躍推進法の情報公表の拡大 | 女性活躍推進法 | 第20条第1項・第2項 | 義務(常時雇用する労働者100人超) | 令和8年4月1日 |
措置義務と努力義務は分けて考える
①②は「講じなければならない」と規定された措置義務です。指針に沿った体制整備を怠れば、行政指導の対象になります。
これに対して③の治療と就業の両立支援は「努めなければならない」とされた努力義務です。同じ改正法に含まれていても法的な強制力の程度が異なるため、社内で優先順位を付ける際には区別が必要です。
事業主の対応が必要な施行日は2段階
令和8年4月1日(施行済み)
- 治療と就業の両立支援(改正労働施策総合推進法第27条の3)
- 女性活躍推進法の情報公表義務の適用拡大と公表項目の追加(常時雇用する労働者100人超)
- 特定事業主行動計画の変更手続の見直し
すでに効力が生じている部分です。情報公表については、男女の賃金の額の差異に加えて管理的地位にある労働者に占める女性労働者の割合が公表項目に追加されました。未対応であれば、10月に向けた準備と並行して着手する必要があります。
令和8年10月1日
- カスタマーハラスメント対策の義務化
- 求職者等セクシュアルハラスメント対策の義務化
- 男女雇用機会均等推進者の業務への追加
- えるぼし認定基準への求職者等セクハラ措置の情報公表の追加
就業規則や社内規程の改定、相談窓口の整備、対応マニュアルの作成が必要になる本丸がこの日です。準備期間は多くありません。
なお、条文レベルでは公布日(令和7年6月11日)に施行された部分もあります。国による啓発活動(改正労働施策総合推進法第4条第4項)、女性活躍推進法の基本原則への「女性の健康上の特性」の追加、基本方針に定める事項の追加、有効期限の10年延長(令和18年3月31日まで)です。いずれも国に向けた規定または法の枠組みに関する規定であり、事業主側で講じるべき措置はありません。
条番号の再編に注意
見落とされがちですが、この改正では条番号そのものが動きます。改正法第2条により労働施策総合推進法の条文が再編され、たとえばパワーハラスメントの措置義務は現行の第30条の2から第31条へ繰り下がります。紛争解決の援助は第36条、調停の委任は第37条となります。男女雇用機会均等法についても同様に繰下げが生じます。
社内規程やハラスメント対応マニュアルに法令の条番号を引用している場合、施行日以後は表記がずれることになります。改定作業の際は、e-Gov法令検索で施行後の条文を確認したうえで引用条文を更新してください。
見落としやすい「不利益取扱いの禁止」
措置義務の陰に隠れやすいのが、改正労働施策総合推進法第33条第2項と改正男女雇用機会均等法第13条第2項です。
労働者が相談を行ったこと、または事業主による相談への対応に協力して事実を述べたことを理由として、解雇その他の不利益な取扱いをすることは禁止されます。これは努力義務ではなく禁止規定です。指針でも、就業規則その他の服務規律等を定めた文書に不利益取扱いをされない旨を規定して周知・啓発することが例示されているため、規程改定の必須項目と考えるべきです。
なお、派遣労働者についても、労働者派遣法の規定により派遣先が事業主とみなされます。カスタマーハラスメントについては同法第47条の4、求職活動等におけるセクシュアルハラスメントについては同法第47条の2が根拠となり、条番号が異なる点に注意が必要です。
附則の検討条項
改正法の附則には、今後の展開を示す2つの検討条項が置かれています。
- 附則第8条:施行後5年を経過した場合の施行状況の検討
- 附則第8条の2:特定受託事業者(フリーランス)が業務委託に係る業務において受ける顧客等の言動への施策の検討
今回義務化されるカスタマーハラスメント対策の保護対象は、あくまで事業主が「雇用する労働者」です。フリーランスへのカスハラは検討課題として附則に置かれるにとどまっており、次のステージの論点として残されています。
まとめ
- 令和7年法律第63号は、労働施策総合推進法・男女雇用機会均等法・女性活躍推進法を一括改正する法律である
- 改正は4本柱。カスハラ対策と求職者等セクハラ対策が措置義務、治療と就業の両立支援は努力義務
- 事業主の対応が必要な施行日は、令和8年4月1日(施行済み)と令和8年10月1日の2段階
- 就業規則の改定を伴う改正は令和8年10月1日施行分
- 労働施策総合推進法・男女雇用機会均等法とも条番号が繰り下がるため、規程の引用条文の点検が必要
指針が告示された今、残された時間で何をどこまで整えるかが問われる段階に入りました。まずは自社の就業規則に「相談したことを理由とする不利益取扱いの禁止」が書かれているかどうかから確認しましょう。
