国民健康保険の保険者は市町村、と覚えている方は要注意です。平成30年度から、保険者は「都道府県+市町村」の二階建てになりました。会社を辞めた従業員が入る先でもあり、事業主にとっても無関係ではありません。国保法の入口として、目的・保険者・役割分担の3点を整理します。
国民健康保険法の目的は「社会保障及び国民保健の向上」
国民健康保険法第1条は、この法律の目的をこう定めています。
国民健康保険事業の健全な運営を確保し、もつて社会保障及び国民保健の向上に寄与する
健康保険法の目的は「国民の生活の安定と福祉の向上」でした。同じ医療保険でも、ゴールの書き方が違います。国保は地域の住民全体を支える制度なので、社会保障そのものの向上が正面に出ているわけです。
保険給付の対象は、被保険者の疾病、負傷、出産、死亡です(法第2条)。ここで健保法と読み比べてほしいのが、健保法第1条にある「業務災害以外の」という限定が国保法にはない点です。
つまり、業務上のけがや病気でも、労災保険から給付を受けられない場合には国保の給付対象になり得ます。もっとも、労災保険法などから医療に関する給付を受けられるときは、国保の給付は行いません(法第56条第1項)。二重取りにはならない仕組みです。
保険者は2種類(法第3条)
国保の保険者は次の2つです。語尾の違いに注目してください。
| 条文 | 語尾 | 意味 | |
|---|---|---|---|
| 都道府県+当該都道府県内の市町村(特別区を含む) | 法第3条第1項 | 国民健康保険を行うものとする | 必ず行う |
| 国民健康保険組合 | 法第3条第2項 | 行うことができる | 任意 |
条文では、都道府県と市町村が行う国保のことを「都道府県等が行う国民健康保険」と呼びます(法第6条)。以下、この記事でもこの呼び方を使います。
国民健康保険組合は、医師、歯科医師、建設業、食品関係など、同じ種類の事業や業務に従事する人で作る組合です。設立には都道府県知事の認可が必要で、発起人15人以上、組合員となるべき者300人以上の同意という要件があります(法第17条)。組合については別の回で詳しく取り上げます。
都道府県と市町村の役割分担(法第4条)
法第4条は、国・都道府県・市町村それぞれの責務を定めています。都道府県と市町村の部分を抜き出すと、こうなります。
| 主な役割 | |
|---|---|
| 都道府県 | 安定的な財政運営、市町村の国民健康保険事業の効率的な実施の確保その他の中心的な役割 |
| 市町村 | 資格の取得及び喪失に関する事項、保険料(国民健康保険税を含む)の徴収、保健事業の実施その他の事業の適切な実施 |
お金と全体設計は都道府県、住民に接する実務は市町村。この分け方が国保の基本形です。
平成30年度の都道府県単位化で何が変わったか
この役割分担は、平成27年改正(持続可能な医療保険制度を構築するための国民健康保険法等の一部を改正する法律。平成27年法律第31号)で作られました。平成30年度から、財政運営の責任主体が市町村から都道府県に移っています。
| 平成29年度まで | 平成30年度以降 | |
|---|---|---|
| 保険者 | 市町村 | 都道府県+市町村 |
| 財政運営の責任主体 | 市町村 | 都道府県 |
| 保険料の賦課・徴収 | 市町村 | 市町村 |
| 資格管理・保険給付 | 市町村 | 市町村 |
改革の背景には、小規模な市町村が単独で保険者をやると財政が不安定になるという長年の課題がありました。都道府県単位でお金をまとめることで、この構造的な問題に手を打ったわけです。
注意したいのは、市町村が保険者から外れたわけではないことです。住民から見た窓口は今までどおり市町村のままで、届出も保険料の納付先も変わっていません。「都道府県単位化=すべて都道府県が行う」と読むと、間違えます。
医療保険制度の中での位置づけ
日本の医療保険は、大きく分けて次の3つです。
- 被用者保険(協会けんぽ、健康保険組合、船員保険、共済組合)
- 国民健康保険(都道府県等が行う国保、国民健康保険組合)
- 後期高齢者医療制度
国保は、被用者保険にも後期高齢者医療制度にも属さない地域住民が加入する地域保険です。国民皆保険の最後の受け皿と呼ばれるのはこのためで、加入者は約2,566万人(令和5年度末、総人口の20.7%。国保組合を含む)にのぼります。
健康保険法との違いを4点で
| 健康保険法 | 国民健康保険法 | |
|---|---|---|
| 保険事故 | 業務災害以外の疾病・負傷・死亡・出産 | 疾病・負傷・出産・死亡 |
| 対象 | 労働者又はその被扶養者 | 被保険者(被扶養者の概念なし) |
| 究極目的 | 国民の生活の安定と福祉の向上 | 社会保障及び国民保健の向上 |
| 保険者 | 全国健康保険協会・健康保険組合 | 都道府県+市町村/国民健康保険組合 |
とくに大きいのが、国保には被扶養者という考え方がないことです。世帯単位で扱いますが、家族一人ひとりが被保険者になります。その一方で保険料を納める義務を負うのは世帯主です(法第76条第1項)。保険料を払う人と給付を受ける人が分かれるこの構造は、健保にはありません。
令和8年改正で国保もこう変わる
令和8年5月29日に成立し、6月5日に公布された「健康保険法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第31号)で、国保法も改正されました。主な内容は次のとおりです。
| 改正項目 | 施行日 |
|---|---|
| 子どもの均等割保険料(税)の5割軽減の対象拡大(未就学児→高校生年代) | 令和9年4月1日 |
| 国民健康保険組合に係る見直し(例外的な補助率、健保の適用除外手続の簡素化) | 令和9年4月1日 |
| 財政安定化基金(本体基金分)の取崩しの容認 | 令和9年4月1日 |
| 高額療養費制度の考慮事項の明確化 | 令和8年8月1日 |
均等割の軽減対象は、これまで未就学児だけでした。高校生年代(18歳に達する日以後最初の3月31日まで)まで広がると、軽減対象者は約50万人から約180万人に増える見込みです。子どもの多い世帯ほど効果が大きくなります。
まとめ
- 国保法の目的は、国民健康保険事業の健全な運営の確保と、社会保障及び国民保健の向上(法第1条)
- 保険事故は疾病・負傷・出産・死亡。健保法にある「業務災害以外の」という限定はない(法第2条)
- 保険者は「都道府県+市町村」と「国民健康保険組合」の2種類。前者は義務、後者は任意(法第3条)
- 財政と全体設計は都道府県、資格管理・保険料徴収・保健事業は市町村(法第4条)
- 令和8年法律第31号で、子どもの均等割5割軽減が高校生年代まで拡大する(令和9年4月1日施行)
従業員が退職して被用者保険を抜けると、多くは国保に入ります。離職票や資格喪失証明書の渡し方ひとつで、従業員の手続きの手間が変わります。制度の全体像を知っておくと、退職時の案内が一段丁寧になります。
