病気を治療しながら働く人を、会社はどこまで支えるべきなのでしょうか。令和8年4月1日から、この「治療と就業の両立支援」が会社の努力義務になりました。カスタマーハラスメント対策の話題に隠れていますが、こちらはもう始まっています。この記事では、何が変わり、就業規則に何を書く必要があるのかを整理します。
令和8年4月1日から努力義務になりました
改正法(令和7年法律第63号)により、労働施策総合推進法に第27条の3が加わりました。この規定は令和8年4月1日から施行されています。
第二十七条の三 事業主は、疾病、負傷その他の理由により治療を受ける労働者について、就業によつて疾病又は負傷の症状が増悪すること等を防止し、その治療と就業との両立を支援するため、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
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2 厚生労働大臣は、前項に規定する措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るため必要な指針(以下この条において「治療と就業の両立支援指針」という。)を定め、これを公表するものとする。
3 治療と就業の両立支援指針は、労働安全衛生法(昭和四十七年法律第五十七号)第七十条の二第一項に規定する指針と調和が保たれたものでなければならない。
4 厚生労働大臣は、治療と就業の両立支援指針に従い、事業主又はその団体に対し、必要な指導、援助等を行うことができる。
あわせて「治療と就業の両立支援指針」が告示されました。令和8年2月10日の厚生労働省告示第28号です。
これまでも厚生労働省は「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」を公表していました。ただしガイドラインは、行政のおすすめにとどまるものでした。今回は法律が根拠になった指針です。位置づけが一段上がりました。
名前も「治療と仕事」から「治療と就業」に変わっています。
条文は4つの項でできています
第27条の3の中身を、項ごとに見ていきます。
| 項 | 内容 | 誰に向けた規定か | 性格 |
|---|---|---|---|
| 第1項 | 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置 | 事業主 | 努力義務 |
| 第2項 | 指針を定めて公表すること | 厚生労働大臣 | ― |
| 第3項 | 安衛法第70条の2第1項の指針と調和が保たれたものであること | ― | 指針の要件 |
| 第4項 | 事業主やその団体への指導、援助等 | 厚生労働大臣 | 権限規定 |
第1項の条文は「講ずるよう努めなければならない」と書かれています。つまり努力義務です。
ただし油断はできません。第4項があるからです。厚生労働大臣は指針に従って、会社や事業主団体に必要な指導や援助を行うことができます。努力義務でも、行政が関わってくる場面はあるということです。
第3項の「安衛法第70条の2第1項の指針」とは、健康の保持増進のための指針のことです。会社が働く人の健康づくりに取り組むときのルールを定めたものです。両立支援は健康を守る取組の一部なので、この指針と食い違わないようにする必要があります。
対象になる病気
指針が対象とする病気(けがを含みます)には、2つの条件があります。
- 医師の診断により、悪化を防ぐため繰り返し継続して治療が必要と判断されたもの
- 仕事を続けるうえで配慮が必要なもの
国際疾病分類に載っている病気であることが前提です。国際疾病分類とは、世界共通で使われている病気の分類のことです。
たとえば、がんの治療で2週間に1回の点滴に通う人は対象になります。一方、風邪で数日休むだけなら対象にはなりません。「繰り返し・継続して」がポイントです。
指針の参考資料では、6つの病気について注意点がまとめられています。がん、脳卒中、肝疾患、難病、心疾患、糖尿病です。この参考資料や様式例は、厚生労働省労働基準局長の通達で示されました(令和8年2月24日付け基発0224第6号、職発0224第29号)。
なお指針は、雇用形態にかかわらず労働者全てを対象としています。パートタイマーも有期契約の社員も含まれます。
出発点は本人の申出です
ここが両立支援のいちばん大事な考え方です。
治療と就業の両立支援は、私傷病に関わるものです。私傷病とは、仕事が原因ではない病気やけがのことをいいます。プライベートな事情なので、本人が申し出たところから始めるのが基本とされています。
つまり、会社の側から病気の人を探しにいく制度ではありません。
その代わり、会社には別の役割があります。申し出やすい環境をつくることです。指針は次の3つを挙げています。
- 社内ルールをつくって知らせること
- 働く人と管理職に研修を行うこと
- 相談窓口と、情報の扱い方をはっきりさせること
健康に関する情報の扱いにも注意が必要です。健康情報はとてもデリケートな情報だからです。安衛法にもとづく健康診断で知った場合を除いて、会社は本人の同意なく取得してはいけません。
会社が整える5つのこと
指針の4では、環境整備として次の5つが挙げられています。
(1) 基本方針を示して全員に知らせる
まず衛生委員会等で話し合います。そのうえで会社としての基本方針と、具体的な対応方法を決めます。決めたら全員に知らせます。
ここでいう「全員」には、病気になった本人だけでなく、その同僚になるかもしれない人も含まれます。
(2) 研修で意識を高める
働く人と管理職の両方に研修を行います。
(3) 相談窓口をはっきりさせる
申出から始まる制度です。だからこそ、どこに言えばいいのかを明確にしておく必要があります。あわせて、申し出た情報がどう扱われるのかも示します。
(4) 制度と体制を整える
指針が例として挙げている制度は次のとおりです。
| 区分 | 制度 | 法律上の位置づけ |
|---|---|---|
| 休暇 | 時間単位の年次有給休暇 | 労使協定を結べば年5日の範囲で可能 |
| 休暇 | 傷病休暇、病気休暇 | 法律の定めはなく、会社が自主的に設けるもの |
| 勤務 | 時差出勤制度 | 同上 |
| 勤務 | 短時間勤務制度 | 同上 |
| 勤務 | 在宅勤務制度 | 同上 |
| 勤務 | 試し出勤制度 | 同上 |
制度だけでなく、手順や役割の整理も必要です。誰が主治医とやり取りするのか。誰が最終的に決めるのか。あらかじめ決めておくと、いざというときに慌てずにすみます。
(5) 社内外で連携する
産業医や主治医と連携します。必要に応じて、産業保健総合支援センターや保健所の保健師、社会保険労務士の支援を受けることも考えられます。
支援の進め方
指針の5では、次の流れが示されています。
- 本人が会社に申し出る。あわせて主治医から必要な情報をもらい、会社に出す
- 会社が、その情報を産業医等に渡して意見を聞く
- 会社が、主治医と産業医等の意見をふまえて、仕事を続けられるかを判断する
- 続けられる場合は「治療と就業の両立支援プラン」をつくって実行する
- 長期の休業が必要な場合は、休業前の対応と休業中のフォローを行う。回復したら復帰できるかを判断し、「職場復帰支援プラン」をつくる
本人が主治医からもらうとよい情報は4つです。
- いまの症状と治療の状況
- 仕事を続けられるかどうかについての意見
- 望ましい就業上の措置についての意見(避けるべき作業、残業の制限、出張の可否など)
- 治療のために配慮してほしいこと(通院時間の確保、休憩場所の確保など)
やり取りには様式例が用意されています。
| 様式例 | 流れ |
|---|---|
| 勤務情報を主治医に提供する際の様式例 | 会社→本人→主治医 |
| 治療の状況や就業継続の可否等について主治医の意見を求める際の様式例 | 会社→本人→主治医→本人→会社 |
| 職場復帰の可否等について主治医の意見を求める際の様式例 | 会社→本人→主治医→本人→会社 |
| 両立支援カード | 本人+主治医→会社 新しく追加された書式ですが、会社が事前に本人と相談するステップがありません。円滑な職場復帰や就業上の措置を受けるためには、事前に会社と相談する職場復帰の可否等について主治医の意見を求める際の様式例をお勧めします。 |
進めるうえで、指針が特に強く求めていることが2つあります。
ひとつは、会社が一方的に決めないことです。本人の希望や要望を聞きます。十分に話し合って、本人の了解が得られるよう努める必要があります。
もうひとつは、病気になったというだけで安易に仕事を止めないことです。配置転換や労働時間の短縮など、できる工夫を先に考えます。
「努力義務」と「義務」を混ぜないこと
ここを取り違えると危険です。両立支援そのものは努力義務です。しかし、まわりには義務の規定があります。
| 場面 | 根拠 | 性格 |
|---|---|---|
| 健康診断の結果にもとづく就業上の措置 | 安衛法第66条の5 | 義務 |
| 病勢が著しく悪化するおそれがある場合の就業禁止 | 安衛法第68条・安衛則第61条 | 義務(産業医その他専門の医師の意見を聞くことが前提) |
| 中高年齢者等の適正配置 | 安衛法第62条 | 努力義務 |
| 治療と就業の両立支援 | 労推法第27条の3 | 努力義務 |
就業禁止は最後の手段です。指針も、可能な限り配置転換や作業時間の短縮などの措置を講じて働く機会を失わせないようにし、やむを得ない場合に限る趣旨だとしています。
もうひとつ注意点があります。難病のために長期にわたって職業生活に相当の制限を受ける人は、障害者雇用促進法上の障害者に含まれます。この場合、合理的配慮を提供する義務が別にかかります。こちらは努力義務ではなく義務です。
就業規則に書く必要があるもの
制度を置くなら、就業規則や賃金規程に落とし込む必要があります。主な論点は次のとおりです。
- 時間単位の年次有給休暇:労使協定が必要です(年5日の範囲内)
- 傷病休暇・病気休暇:取得できる条件と、休んでいる間の賃金をどうするかを書きます
- 時差出勤・短時間勤務:始業終業の時刻と所定労働時間をどう変えるかを書きます
- 在宅勤務:費用の負担と、労働時間の管理方法を書きます
- 試し出勤:賃金を払うのか、労災はどうなるのかが実務上の論点になります
制度を置かないという判断もありえます。ただし置くなら、規程に書いてください。「運用で対応しています」という状態が、後からいちばんもめます。
まとめ
- 治療と就業の両立支援は、令和8年4月1日から労働施策総合推進法第27条の3の努力義務になりました
- 従来のガイドラインは「治療と就業の両立支援指針」(令和8年厚生労働省告示第28号)に格上げされました
- 努力義務でも、厚生労働大臣による指導や援助の対象になります
- 対象は、繰り返し継続した治療が必要で、仕事を続けるうえで配慮が必要な病気です。雇用形態は問いません
- 出発点は本人の申出です。会社の役割は、申し出やすい環境をつくることです
- 傷病休暇や短時間勤務などの制度を置くなら、就業規則への規定が必要です
まずは相談窓口が決まっているかどうかを確認してみてください。窓口がないと、この制度は動き出しません。
参考資料
厚生労働省 治療と仕事の両立について
