けんかでけがをしたら保険は使えない。そう聞いたことがあるかもしれません。条文を読むと、確かにそういう規定があります。ただし「行わない」と「行わないことができる」では意味がまったく違います。給付が止まる場面を、条文の語尾に沿って整理します。
給付制限は3つのレベルに分かれる
国保の給付制限は、効果の強さで3つに分けられます。
| レベル | 事由 | 効果 |
|---|---|---|
| 絶対的給付制限 | 少年院等への収容、刑事施設等への拘禁(法第59条) | 療養の給付等は行わない |
| 絶対的給付制限 | 自己の故意の犯罪行為、故意による疾病・負傷(法第60条) | 当該疾病・負傷に係る療養の給付等は行わない |
| 相対的給付制限 | 闘争、泥酔、著しい不行跡 | 全部又は一部を行わないことができる |
| 相対的給付制限 | 療養に関する指示に従わないとき | 一部を行わないことができる |
| 相対的給付制限 | 文書の提出命令・質問に応じないとき | 全部又は一部を行わないことができる |
| 一時差止め | 保険料の滞納(法第63条の2) | 全部又は一部の支払を一時差し止める |
「行わない」と「行わないことができる」の違いが、絶対的と相対的の分かれ目です。
収容・拘禁による給付制限(法第59条)
被保険者または被保険者であった者が次に該当する場合、その期間に係る療養の給付等は行いません。
| 内容 | |
|---|---|
| ① | 少年院その他これに準ずる施設に収容されたとき |
| ② | 刑事施設、労役場その他これらに準ずる施設に拘禁されたとき |
収容・拘禁されている間は、その施設で医療が提供されます。二重に給付する必要がないため、国保からの給付を止めるという趣旨です。
注意したいのは、資格を失うわけではないという点です。被保険者であり続けたまま、給付だけが停止します。
「療養の給付等」の範囲に注意
法第59条は、括弧書きで「療養の給付等」の中身を定義しています。
| 含まれるもの |
|---|
| 療養の給付 |
| 入院時食事療養費 |
| 入院時生活療養費 |
| 保険外併用療養費 |
| 訪問看護療養費 |
| 特別療養費 |
| 移送費 |
ここに療養費と高額療養費は入っていません。条文の括弧書きをそのまま押さえるのが確実です。
故意による給付制限(法第60条)
被保険者が、自己の故意の犯罪行為により、又は故意に疾病にかかり、又は負傷したときは、当該疾病又は負傷に係る療養の給付等は、行わない。
「行わない」と言い切っており、保険者の裁量はありません。絶対的給付制限と呼ばれます。
自治体の要綱では、故意の犯罪行為について、法令に違反し処罰の対象となるべき行為であること、その行為について故意が認められることを要件として整理している例があります。
自殺の扱い
自殺は「故意に疾病にかかり、又は負傷した」に当たるため、原則として給付制限の対象になります。
ただし、精神疾患により行為の結果に対する認識能力がなかった場合は、故意があったとはいえません。この場合は例外として給付が行われる扱いです。
また、自殺未遂後の療養や、その後に発症した疾病の治療については、給付制限を行わない扱いが一般的です。
闘争・泥酔・著しい不行跡
けんかや酔っぱらいなど著しい不行跡によって給付事由を生じさせたときは、その給付事由に係る保険給付の全部または一部を行わないことができます。
こちらは「行わないことができる」なので、相対的給付制限です。保険者が事案ごとに判断します。
健康保険組合の運用例では、双方の暴力行為による事故なら給付の50%を制限、正当防衛が認められる場合や無抵抗だった場合は制限しない、といった基準を設けているところもあります。酔っぱらいや無免許運転では30%制限という例もあります。
このほか、療養に関する指示に従わないときや、保険者からの文書の提出命令・質問に応じないときにも、給付の全部または一部を行わないことができるとされています。
保険料滞納による一時差止め(法第63条の2)
市町村及び組合は、保険給付を受けることができる世帯主又は組合員が保険料を滞納しており、かつ、当該保険料の納期限から厚生労働省令で定める期間が経過するまでの間に、当該市町村又は組合が保険料納付の勧奨等を行つてもなお当該保険料を納付しない場合においては、当該保険料の滞納につき災害その他の政令で定める特別の事情があると認められる場合を除き、厚生労働省令で定めるところにより、保険給付の全部又は一部の支払を一時差し止めるものとする。
語尾は「一時差し止めるものとする」です。「できる」ではありません。
ただし、災害その他の政令で定める特別の事情があると認められる場合は除かれます。払いたくても払えない事情がある人まで一律に止めるわけではありません。
なお、保険料を1年6か月間滞納しているときの差止めについては、出産育児一時金が対象から除かれています(平成21年10月1日以降の出産分)。出産という場面で給付が止まることのないよう手当てされたものです。
滞納対策は姿を変えた
保険証の廃止に伴い、滞納世帯への対応も変わりました。
| 時期 | 仕組み |
|---|---|
| 従来 | 短期被保険者証の交付 → 被保険者資格証明書の交付(窓口10割負担) |
| 令和6年12月2日以降 | 短期被保険者証は廃止。資格確認書を交付しつつ、特別療養費の対象とする扱いへ |
特別療養費は、窓口でいったん全額を支払い、後から保険者に請求して償還を受ける仕組みです。実質的な負担は同じでも、資格そのものは維持されます。
制度の移行期にあたるため、市町村ごとの運用に幅があります。実際の取扱いは、該当する市町村に確認するのが確実です。
第三者行為による傷病(法第64条)
交通事故など、第三者の行為によって給付事由が生じたときは、保険者は給付の価額の限度で、被保険者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得します。
本来、治療費を負担すべきなのは加害者です。しかし被害者が加害者から支払いを受けるまで治療を待つわけにはいきません。そこで、先に保険から給付を行い、その分の請求権を保険者が引き継ぐ形がとられています。
届出と示談のタイミング
第三者行為による傷病で保険を使うときは、保険者への届出が必要です。
届出をしないまま保険診療を受けると、保険者が損害賠償請求権を行使できなくなるおそれがあります。また、示談を先に成立させてしまうと、保険者が求償できる範囲が制限される場合があります。
従業員が交通事故に遭ったという相談を受けたら、示談の前に保険者へ届け出るよう案内してください。健保でも国保でも同じです。
なお、都道府県が市町村から第三者求償事務の委託を受けられる仕組みも設けられています。専門性が必要な事務を都道府県に集約し、回収の確実性を高める狙いです。
不正利得の徴収(法第65条)
偽りその他不正の行為によって保険給付を受けた者があるときは、保険者はその給付の価額の全部または一部を徴収することができます。
保険医療機関等が不正の行為によって費用の支払いを受けた場合の徴収についても規定が置かれており、この事務を都道府県が市町村から受託できる仕組みがあります。
まとめ
- 給付制限は絶対的(行わない)と相対的(行わないことができる)に分かれる
- 収容・拘禁は絶対的給付制限。ただし資格は失わない(法第59条)
- 「療養の給付等」に療養費と高額療養費は含まれない
- 故意の犯罪行為・故意による疾病負傷は絶対的給付制限(法第60条)
- 闘争・泥酔・著しい不行跡は相対的給付制限。保険者が事案ごとに判断する
- 保険料滞納による一時差止めの語尾は「一時差し止めるものとする」(法第63条の2)
- 令和6年12月2日以降、短期被保険者証は廃止され、特別療養費への切替えという形に変わった
- 第三者行為では、保険者が給付の価額の限度で損害賠償請求権を取得する(法第64条)
従業員から「けんかでけがをしたが保険は使えるか」と聞かれたら、即答せずに保険者の判断を仰ぎましょう。闘争による給付制限は「行わないことができる」であり、保険者の判断です。正当防衛が認められる場合や、一方的に殴られた場合は制限されないこともあります。まずは事実関係を整理し、保険者に相談するよう案内するのが正確な対応です。
