カスハラ対策というと、自社の社員を守る話だと思われがちです。ところが条文を読むと、半分以上は逆を向いています。自社の社員が、他社の社員に対して加害側にならないための規定です。今回は責務規定と協力義務、そして望ましい取組を扱います。
※以下の条番号は、令和8年10月1日施行後のものです。現行のe-Gov法令検索では番号が異なります。
責務が課される対象者5つ
法第34条(改正後。カスハラ規定の新設部分で、現行に対応条文はありません)は、責務が課される対象を5つに分けています。
| 責務が課される対象 | 条項 | 何に注意を払うか |
|---|---|---|
| 国 | 第1項 | 広報活動、啓発活動その他の措置 |
| 事業主 | 第2項 | 自社の労働者が他社の労働者に行う言動 |
| 事業主・役員自身 | 第3項 | 自らが他社の労働者に行う言動 |
| 労働者 | 第4項 | 自らが他社の労働者に行う言動 |
| 顧客等 | 第5項 | 自らが労働者に行う言動 |
すべて努力義務です。罰則はありません。
注目してほしいのは第2項から第4項までの向きです。いずれも「他の事業主が雇用する労働者に対する言動」を対象にしています。
つまり、自社の社員を守る規定ではありません。自社の社員が、取引先の担当者や納入業者の社員に対してカスハラをしないようにするための規定です。
事業主の責務(第2項)
自社の労働者のカスハラ問題への関心と理解を深めること。その労働者が他社の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をすること。そして国の広報活動、啓発活動その他の措置に協力すること。
ここでいう研修は、措置義務の研修とは別物です。措置義務の研修は、自社の社員が被害を受けたときにどう動くかを教えるもの。こちらの研修は、自社の社員が加害者にならないようにするためのものです。
対象部署も変わります。購買、調達、営業。取引先に対して優位に立ちやすい部門にこそ必要でしょう。
カスハラ問題として何が起きるか
指針3⑴は、カスハラに起因する問題として次のものを挙げています。
- 労働者の意欲の低下などによる職場環境の悪化
- 職場全体の生産性の低下
- 労働者の健康状態の悪化
- 休職や退職などにつながり得ること
- これらに伴う経営的な損失
研修で「なぜ対策するのか」について、この5つを説明しましょう。
顧客等の責務(第5項)
法律が顧客に努力義務を課すことになりました。
同じ改正法で新設された求職者等セクハラの責務規定には、これに対応するものがありません。カスハラ固有の規定です。
もっとも、努力義務ですから罰則も行政指導もありません。実効性を支えるのは、国の広報・啓発と、会社が方針を顧客に周知することでしょう。指針も、方針を顧客等に周知・啓発することが被害の防止に効果的だとしていました。
自社の社員が加害側だったら
取引先から「御社の担当者に、うちの社員が詰め寄られている」と連絡が来た。この場面の規定が法第33条第3項です。
事業主は、他の事業主から、その事業主が講ずる措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるよう努めなければなりません。努力義務です。
指針5は、この場面での対応を具体化しています。
| 段階 | 何をするか | 性格 |
|---|---|---|
| 協力の求め | 応ずるよう努める | 努力義務 |
| 求められたことへの報復 | 契約解除等の不利益取扱い | 望ましくない |
| 協力した社員の保護 | 不利益取扱いを行わない旨を定め周知 | 望ましい |
| 事実が確認できたとき | 就業規則等に基づき懲戒その他の措置 | 望ましい |
ここで初めて「懲戒」が出てきます
カスハラ指針の中で、懲戒という言葉が登場するのはここだけです。
行為者が社外の人間である以上、自社の就業規則は及びません。ところが立場が入れ替わり、自社の社員が加害者になれば話は別です。就業規則で処分できます。
指針の文言はこうです。事実関係の確認により、カスハラが生じた事実が確認できた場合においては、事業主は、就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずることが望ましい。
「規定等に基づき」とあります。規定がなければ懲戒できません。
自社の服務規律を読み返してみてください。社内向けの書きぶりになっていないでしょうか。「取引先の労働者に対する言動」を懲戒事由として拾えるかどうか。ここが点検箇所です。
望ましい取組(指針6)
措置義務に加えて、行うことが望ましいとされる取組が4つあります。
⑴ 原因や背景となる要因の解消
2本立てです。
イは、労働者が自社の商品やサービスをよく理解し、顧客等への対応力の向上を図るための研修等。接客研修、商品研修、苦情対応研修などが例示されています。
ロは、労働者が顧客等への理解を深めるための取組。消費者の心理や障害特性等についての資料の配布や研修等が挙げられています。
柱書には、押さえておきたい一文があります。
顧客等からの社会通念上許容される範囲で行われる正当な申入れについてはカスハラに該当せず、労働者が、こうした正当な申入れを踏まえて真摯に業務を遂行する意識を持つことも重要である。
カスハラ研修が「クレーム=敵」というメッセージになってしまうと、対策が逆効果になります。設計するときに気をつけてください。
⑵ 運用状況の把握と見直し
措置を講じる際に、必要に応じて労働者や労働組合等の参画を得ながら、アンケート調査や意見交換等を実施し、運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討に努めることが重要とされています。
参画を得る方法として、安衛法第18条第1項の衛生委員会の活用も挙げられています。すでに衛生委員会がある事業場なら、付議事項に加えるだけで参画の形が整います。
⑶ 業種・業態等に応じた取組
カスハラは業種・業態によって被害の実態も必要な対応も違います。それぞれの状況に応じた取組を進めることが重要とされています。
同じ業種・業態の複数の事業主が一体となって取り組むことも考えられる、とも書かれています。業界団体でのガイドライン策定や、共同での顧客向け周知。単独では踏み込みにくい対応が、まとまれば可能になります。
⑷ 他社の労働者への加害防止方針
方針の明確化等を行うとき、他の事業主が雇用する労働者に対してカスハラを行ってはならない旨の方針も併せて示すことが望ましいとされています。
責務規定(第34条第2項から第4項)を、方針という形にするものです。
自社の労働者以外の者への言動(指針7)
指針の最後に、もうひとつ望ましい取組が置かれています。
方針の明確化等を行う際に、職場における自社が雇用する労働者以外の者に対する顧客等の言動についても、同様の方針を併せて示すことが望ましい。
「自社が雇用する労働者以外の者」とは、他の事業主が雇用する労働者と、個人事業主等の労働者以外の者です。
さらに、これらの者からカスハラに類すると考えられる相談があった場合には、その内容を踏まえ、措置義務の内容も参考にしつつ、必要に応じて適切な対応を行うよう努めることが望ましいとされています。
指針6と7の違いを整理しておきます。
| 対象 | 内容 | |
|---|---|---|
| 指針6 | 自社の労働者 | 原因の解消、運用状況の把握、業種特性、他社労働者への加害防止 |
| 指針7 | 自社の労働者以外の者 | 同様の方針を示すこと、相談があった場合の対応 |
自社の現場で働く常駐業者の社員、フリーランスのカメラマン、業務委託のドライバー。措置義務の対象ではありませんが、方針の射程には入れておくことが望ましいとされています。
この点は次回、フリーランスへのカスハラとして詳しく扱います。
まとめ
- 責務は国、事業主、事業主・役員自身、労働者、顧客等の5者に課されます。すべて努力義務です
- 事業主・役員・労働者の責務は、いずれも「他社の労働者に対する言動」を向いています
- 顧客等に責務を課すのはカスハラ固有の構造です
- 他の事業主から協力を求められたら、応ずるよう努めなければなりません
- 自社の社員が加害者だった場合、就業規則の規定に基づく懲戒が望ましいとされています
- 望ましい取組として、対応力の向上、顧客理解、運用状況の把握、業種単位の取組が挙げられています
- 自社の労働者以外の者への言動についても、同様の方針を示すことが望ましいとされています
購買部門や営業部門の研修計画に、カスタマーハラスメントを入れるようにしましょう。
