社外の人間を懲戒処分にはできません。では、悪質な顧客に対して会社は何ができるのか。指針はここを独立した柱として立てました。カスハラ対策がパワハラ対策の焼き直しではない、といちばんよくわかる部分です。あわせて、就業規則の改定に直結する規定も扱います。
※以下の条番号は、令和8年10月1日施行後のものです。現行のe-Gov法令検索では番号が異なります。
抑止措置がなぜ独立した柱なのか
パワハラの場合、行為者は自社の労働者です。就業規則に懲戒規定を置いておけば、処分できます。事後対応の一部として整理すれば足ります。
カスハラは違います。行為者は顧客であり、取引先の担当者であり、施設の利用者です。その人たちには就業規則でルールを守るように義務付けることができません。
そのため、使えるのは別の手段になります。取引を断る。施設への立入りを断る。法的手続をとる。根拠は就業規則ではなく、契約と法令になります。
条文もそのように書き分けています。法第33条第1項(改正後。カスハラ規定の新設部分で、現行に対応条文はありません)は、措置の内容を「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」と「対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置」に分けています。
| パワハラ | カスハラ | |
|---|---|---|
| 行為者 | 自社の労働者 | 社外の顧客等 |
| 働きかけの手段 | 懲戒処分 | 抑止措置 |
| 根拠 | 就業規則 | 契約・施設管理権・法令 |
| 措置義務での位置 | 事後対応の一部 | 独立した柱 |
義務の中身は3点セット
指針4⑷の文言によりますと、
事業主は、カスハラの抑止のための措置として、労働者に対し過度な要求を繰り返すなど特に悪質と考えられるものへの対処の方針をあらかじめ定め、管理監督者を含む労働者に周知するとともに、その方針において定めた対処を行うことができる体制を整備しなければならない。
やるべきことは3つあります。
- 特に悪質と考えられるものへの対処の方針をあらかじめ定める
- 管理監督者を含む労働者に周知する
- 定めた対処を行うことができる体制を整備する
3つ目を落とさないでください。方針を紙に書いただけでは足りません。実際に動ける状態まで作って、初めて措置を講じたことになります。
認められる例として指針が挙げているのは、前回扱った⑴ロ(あらかじめ定めた対処の内容の周知)を実施する際に、あわせて悪質事案への対処方針を定めて周知し、加えて関係部門間の連携等の体制を整備することです。
対処の5つの例
指針が示す例は次のとおりです。限定列挙ではありません。
- 暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については、警察へ通報すること
- 行為者に対して警告文を発出すること
- 法令の制限内において、行為者に対して商品の販売、サービスの提供等をしないこと
- 行為者に対して店舗及び施設等への出入りを禁止すること
- 民事保全法に基づく仮処分命令を申し立てること
それぞれ根拠と限界が違います。
| 対処 | 根拠 | 主な制約 |
|---|---|---|
| 警察への通報 | 刑事手続 | ― |
| 警告文の発出 | 事実上の措置 | 名誉毀損や脅迫にならない文面にすること |
| 販売・サービス提供の拒否 | 契約自由の原則 | 業法上の提供義務、独占禁止法 |
| 出入禁止 | 施設管理権 | 公共施設や公共交通機関では制約が大きい |
| 仮処分命令の申立て | 民事保全法 | 保全の必要性を疎明すること |
「法令の制限内において」の意味
3つ目に付いた限定を見落とさないでください。
指針はこの直後にも書いています。各業法等による定めがある場合等、業種・業態等により必要な対応が異なる場合があることに留意しつつ、それぞれの状況に応じた方針を定めることが効果的である、と。
医師法の応招義務がある医療機関。電気、ガス、水道といったライフライン。公共交通機関。介護や福祉のサービス。こうした分野では、顧客との関係を一方的に断てません。
「出入禁止にすればいい」という発想がそのままでは通らない業種があります。自社の業法を確認したうえで、使える手段と使えない手段を仕分けしてください。
併せて講ずべき措置:プライバシーの保護
指針4⑸は、⑴から⑷までの措置を講ずるに際して、あわせて講じなければならない措置を2つ定めています。
1つ目がプライバシーの保護です。
相談者等の情報は相談者等のプライバシーに属します。相談への対応や事後の対応に当たっては、プライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨を労働者に周知しなければなりません。
指針は、相談者等のプライバシーに性的指向・ジェンダーアイデンティティ等の機微な個人情報も含まれると明記しています。相談記録の様式に、不用意な記載欄を設けないよう気をつけてください。
認められる例は3つです。
- プライバシーの保護のために必要な事項をあらかじめマニュアルに定め、相談窓口の担当者が相談を受けた際には、そのマニュアルに基づき対応するものとすること
- プライバシーの保護のために、相談窓口の担当者に必要な研修を行うこと
- 相談窓口においてプライバシーを保護するために必要な措置を講じていることを、社内報、パンフレット、社内ホームページ等に掲載し、配布等すること
前回扱った再発防止(⑶ハ)では、事案の記録を関係部門に共有することが挙げられていました。プライバシー保護と矛盾するように見えますが、そうではありません。共有する範囲と匿名化の基準を先に決めておけば、両立可能です。
併せて講ずべき措置:不利益取扱いの禁止
2つ目が、就業規則の改定に直結する部分です。
指針4⑸ロは、次の行為を理由として解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発することを求めています。
- カスハラに関し相談をしたこと
- 事実関係の確認等の事業主の雇用管理上講ずべき措置に協力したこと
- 都道府県労働局に対して相談、紛争解決の援助の求め、もしくは調停の申請を行ったこと
- 調停の出頭の求めに応じたこと
根拠となる条文は3つに分かれます。
| 類型 | 改正後の条文 | 現行の対応条文 |
|---|---|---|
| 相談をしたこと、確認等に協力し事実を述べたこと | 第33条第2項 | 新設(対応条文なし) |
| 労働局への相談、紛争解決の援助の求め | 第36条第2項 | 第30条の5第2項 |
| 調停の申請、出頭の求めに応じたこと | 第37条第2項 | 第30条の6第2項 |
認められる例として指針が挙げるのは次の2つです。
- 就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、カスハラの相談等を理由として労働者が解雇等の不利益な取扱いをされない旨を規定し、労働者に周知・啓発をすること
- 社内報、パンフレット、社内ホームページ等に記載し、労働者に配布等すること
社内報でも足りる書きぶりです。ただ、就業規則に書いておくほうが確実でしょう。
すでにハラスメント条項を置いている会社も、安心はできません。その条項がカスハラと求職者等セクハラを対象に含んでいるか。ここを点検しましょう。パワハラ・セクハラ・マタハラだけで改定が止まっていませんでしょうか。
10月1日までの着手順
4つの柱のうち、規程改定が必要なのは⑸ロだけです。ほかは方針、マニュアル、研修、体制で対応できます。
規程改定は日数が読めます。労働者代表からの意見聴取と周知の手続が必要だからです。ここから先に着手して、並行して次の2つを固めるのが現実的な進め方になります。
- ⑴ロ:その場でどう動くかの対処の内容
- ⑷:悪質事案への対処方針と、発動の決裁ルート
決裁ルートは特に大事です。出入禁止も取引停止も、現場の判断で決められるものではありません。誰が、どの情報をもとに、いつ決めるのか。これを決めていないと、方針は動きません。
警告文の雛形も先に用意しておいてください。必要になる場面は突発的にやってきます。その場で文面を考えていては間に合いません。
まとめ
- 抑止措置は、カスハラだけにある措置義務の柱です。行為者が社外だから、懲戒ではなく契約と法令で対応します
- 義務は3点セット。方針を定める、周知する、対処を行える体制を整備する
- 対処の例は、警察への通報、警告文の発出、販売やサービス提供の拒否、出入禁止、仮処分命令の申立て
- 「法令の制限内において」という限定があります。業法上の提供義務がある業種はそのまま使えません
- 相談者等のプライバシー保護には、性的指向・ジェンダーアイデンティティ等の機微な個人情報も含まれます
- 相談等を理由とする不利益取扱いは禁止です。就業規則への規定が例示されています。
貴社の就業規則のハラスメント条項にカスタマーハラスメントは含まれているでしょうか。
