令和8年10月1日から義務になるカスハラ対策。指針は4つの柱を示しています。今回はその1本目、「方針の明確化と周知・啓発」を扱います。ここにはパワハラ対策にはない要素が入っています。「あらかじめ定めた対処の内容」です。
措置義務は4本柱でできています
まず全体像を確認しましょう。指針4は、会社が講じなければならない措置を次のように定めています。
| 柱 | 内容 | 扱う回 |
|---|---|---|
| ⑴ | 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発 | 今回 |
| ⑵ | 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 | 次回 |
| ⑶ | 事後の迅速かつ適切な対応 | その次 |
| ⑷ | 対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置 | その次 |
| ⑸ | ⑴から⑷までの措置と併せて講ずべき措置 | ⑷とあわせて |
これらは努力義務ではありません。「講じなければならない」と定められた義務です。
⑴には2つの中身があります
方針の明確化と周知・啓発には、イとロの2つがあります。
イは、方針そのものを決めて知らせること。ロは、具体的にどう動くかを決めて知らせることです。
イ:毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針
指針の文言はこうです。
職場におけるカスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
「毅然とした態度」という言葉だけが独り歩きしがちですが、後ろの「労働者を保護する旨」が目的です。顧客を突き放すことが目的ではありません。
認められる例として、指針は次の2つを挙げています。
- 社内報、パンフレット、社内ホームページ等の広報または啓発のための資料等に方針を記載し、配布等すること。トップメッセージとして方針を広く社内に発信することも考えられます
- 方針を労働者に周知・啓発するため、ロで定める対処の内容とあわせて研修、講習等を実施すること
顧客への周知は義務ではありません
ここは正確に押さえてください。
義務の対象は、労働者への周知・啓発です。指針は続けて、方針を顧客等に周知・啓発することも被害の防止に当たっては効果的と考えられる、としています。
つまり顧客向けの掲示やウェブサイトへの掲載は、推奨であって義務ではありません。ただし実務上は効果が大きいところです。
ロ:あらかじめ定めた対処の内容
ここがカスハラ対策の特徴です。
指針は、カスハラの内容と、あらかじめ定めたカスハラへの対処の内容を、管理監督者を含む労働者に周知するよう求めています。
周知するには、まず決めなければなりません。つまり「その場でどう動くか」を事前に決めておくことが、実質的な義務の中身になります。
なぜ事前なのでしょうか。指針が理由を書いています。カスハラが発生してその場で労働者から管理監督者等に報告があった場合や、管理監督者等が現認した場合には、直ちに適切な対応を行うことが必要な場合もあるからです。
その場で調べている時間はありません。だから先に決めておくのです。
パワハラ対策との違い
すでにパワハラ対策に取り組んでいる会社なら、比較すると理解しやすいでしょう。
| パワハラ指針 | カスハラ指針 |
|---|---|
| 方針の明確化と周知・啓発 | ⑴方針の明確化と周知・啓発 |
| 行為者を厳正に対処する旨と対処の内容を就業規則等に規定 | 該当なし |
| なし | ⑴ロ あらかじめ定めた対処の内容の周知 |
| 相談体制の整備 | ⑵相談体制の整備 |
| 事後の迅速かつ適切な対応 | ⑶事後の迅速かつ適切な対応 |
| なし | ⑷抑止のための措置 |
パワハラでは、行為者を懲戒処分にできるよう就業規則に規定することが求められます。しかしカスハラの行為者は社外の人間です。懲戒はできません。
その代わりに置かれているのが、現場での対処手順なのです。「懲戒規定の整備」が「対処の内容の事前策定」に置き換わっている。そう理解するとすっきりします。
対処の内容の例
指針が挙げている例は7つです。ただし限定列挙ではありません。指針も、各事業主が労働者の状況等の実態に応じた対処の内容を定めるよう求めています。
- 労働者から管理監督者等に直ちに報告し、その場の対応の方針について指示を仰ぐこと
- 可能な限り労働者を一人で対応させないこと。必要に応じて労働者に代わって管理監督者等が対応すること
- 顧客等とのやり取りを録音・録画すること。録音・録画に当たっては個人情報保護法等を遵守し、顧客等の個人情報を適切に取り扱うこと
- 労働者から十分な説明を行ったうえで、なお繰り返しの要求が続く場合には、一定の時間の経過をもって退店を求めたり、電話を切ったりすること
- 暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については、警察へ通報すること
- 現場対応が困難な場合においては、本社・本部等へ情報共有を行い、指示を仰ぐこと
- 法的な手続が必要な場合には、法務部門等と連携し、弁護士へ相談すること
自社版に落とすときの論点
この7例をそのままコピーしても機能しません。決めるべきことが残っているからです。
| 論点 | 決めること |
|---|---|
| 報告 | 誰に、どのタイミングで報告するか |
| 現場判断 | 管理監督者が不在の時間帯や拠点では誰が判断するか |
| 記録 | 録音・録画をいつ行うか。告知は必要か。保存期間と閲覧できる人は誰か |
| 対応終了 | 何分、何回で打ち切るか |
| 通報 | どの類型の言動で警察に通報するか |
| 引継ぎ | 本社に共有する基準は何か。弁護士へ相談する経路はどうなっているか |
いちばん難しいのは「対応終了」の基準でしょう。業種によってまったく違うからです。
ここで注意点があります。指針は「労働者から十分な説明を行った上で、なお繰り返しの要求が続く場合」としています。説明を尽くしたことが前提です。説明もせずに打ち切れば、それはそれで問題になります。
発生の原因や背景も見る
指針4⑴には、イとロの前に置かれた一文があります。
カスハラの発生の原因や背景には、商品・サービス・接客等における問題や、顧客等とのコミュニケーションの不足などもあると考えられる。そのため、職場においてこれらを幅広く解消していく取組を進めることも、防止の効果を高めるうえで重要である。
つまり、クレームを生まない商品設計や説明の改善も、対策の一部として位置づけられています。
これは措置義務そのものではありません。しかし、カスハラ件数だけを追いかけていると、この視点は抜け落ちます。なぜその苦情が起きたのかを見ずに「毅然とした対応」だけを強化すれば、顧客との関係は悪化する一方でしょう。
就業規則は改定が必要か
⑴の段階では、就業規則の改定は必須ではありません。方針は社内報やマニュアルでの周知でも足ります。
ただし、⑸で扱う「相談したことを理由に不利益な取扱いをされない旨」については、指針が就業規則その他の服務規律等を定めた文書への規定を例として挙げています。ここは規程改定に直結する部分です。この点は後の回で詳しく扱います。
まとめ
- カスハラの措置義務は4本柱。いずれも「講じなければならない」義務です
- ⑴の方針は「毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨」のものです
- 義務の対象は労働者への周知・啓発。顧客等への周知は効果的とされていますが義務ではありません
- ⑴ロの「あらかじめ定めた対処の内容」の周知が、カスハラ対策の特徴です
- 対処の内容の7例は限定列挙ではありません。自社の実態に応じて定める必要があります
- 発生の原因や背景となる商品・サービス・接客の問題を解消する取組も重要とされています
まずは「その場で何をするか」を紙に書き出してみてください。書けない部分が、そのまま自社の課題です。
