「どこまでが正当なクレームで、どこからがカスハラなのか」。令和8年10月1日の義務化に向けて、現場がいちばん知りたいのはここでしょう。指針は9つの類型を示しています。ただし、その前に押さえておくべき考え方があります。
判断は2つの軸で行います
指針は、カスハラの2つ目の要素をこう定めています。
「その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えた」言動とは、社会通念に照らし、次のいずれかに当たるものをいいます。
- 当該顧客等の言動の内容が、契約内容からして相当性を欠くもの
- 又は手段や態様が相当でないもの
ここで大事なのは「又は」です。両方そろう必要はありません。
指針もはっきり書いています。「言動の内容」「手段や態様」の一方のみが社会通念上許容される範囲を超える場合でも、これに該当し得ます。
表で整理してみましょう。
| 手段・態様は相当 | 手段・態様が相当でない | |
|---|---|---|
| 内容は相当 | 正当な申入れ(該当しない) | 該当し得る |
| 内容が相当性を欠く | 該当し得る | 該当し得る |
実務上の意味はこうです。
穏やかな口調でも、契約からして無理な要求を続ければ該当し得ます。逆に、言っている中身は正しくても、大声で怒鳴り続ければ該当し得ます。言い方が丁寧だからセーフ、ではありません。
「契約内容からして」が基準です
内容の側を判断するとき、指針は「契約内容からして相当性を欠く」という言い方をしています。
感覚的に「無理な要求だ」と感じるかどうかではありません。契約で何を約束したのかが出発点になります。
裏を返すと、契約内容が曖昧な会社ほど線引きに苦労します。対策を進める前に、次の点を確認してみてください。
- 提供するサービスの範囲は明示されているか
- 対応時間や対応回数の上限は決まっているか
- 返品、返金、保証の条件は文書になっているか
カスハラ対策は就業規則の整備だけでは終わりません。約款、利用規約、見積書、注文書といった顧客との契約文書の点検も、実は対策の一部なのです。
総合的に考慮する要素
該当するかどうかは、次の要素を総合的に考慮して判断します。
- 当該言動の目的
- 労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む、当該言動が行われた経緯や状況
- 業種・業態
- 業務の内容・性質
- 当該言動の態様・頻度・継続性
- 労働者の属性や心身の状況
- 行為者との関係性 など
ここで見落とされやすいのが2つ目です。労働者の問題行動の有無も判断材料になります。
指針も明記しています。事業主または労働者の側の不適切な対応が、その言動の原因や背景となっている場合もあることに留意する必要がある、と。
誤配送があった。説明が足りていなかった。約束の期日を守れなかった。こうした事情は判断に影響します。
ただし、勘違いしないでください。自社に落ち度があれば何をされても仕方ない、ということではありません。手段や態様が相当でなければ、やはり該当し得ます。
内容が超えるもの(4類型)
指針が挙げる典型例を見ていきます。まずは「言動の内容」の側です。
① そもそも要求に理由がない、又は商品・サービス等と全く関係のない要求
- 性的な要求をすること
- 労働者のプライバシーに関わる要求をすること
たとえば、店員に連絡先を教えるよう求める行為がこれに当たります。商品やサービスとまったく関係がないからです。
② 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求
- 契約内容を著しく超えたサービスの提供を要求すること
「著しく」がついている点に注意してください。少し多めの要望というレベルではなく、契約の想定を大きく超えるものです。
③ 対応が著しく困難な、又は対応が不可能な要求
- 契約金額の著しい減額の要求をすること
④ 不当な損害賠償要求
- 商品やサービス等の内容と無関係である不当な損害賠償要求をすること
手段や態様が超えるもの(5類型)
次に「手段や態様」の側です。こちらは5つあります。
① 身体的な攻撃(暴行、傷害等)
- 殴る、蹴る、叩く等の暴行を行うこと
- 物を投げつけること
- わざとぶつかること
- つばを吐きかけること
② 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
- 店舗の物を壊すことをほのめかす発言や、SNS等のインターネット上へ悪評を投稿することをほのめかす発言によって労働者を脅すこと
- SNS等のインターネット上へ労働者のプライバシーに係る情報の投稿等をすること
- 労働者の人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・ジェンダーアイデンティティに関する侮辱的な言動を行うことを含む
- 土下座を強要すること
- 盗撮や無断での撮影をすること
- 労働者の性的指向・ジェンダーアイデンティティ等の機微な個人情報について、労働者の了解を得ずに他の者に暴露すること、または労働者が開示することを強要する、もしくは禁止すること
いちばん項目が多い類型です。「盗撮や無断での撮影」がここに入っている点に注意してください。身体的な攻撃ではなく、精神的な攻撃として整理されています。
③ 威圧的な言動
- 大きな声をあげて労働者や周囲を威圧すること
- 反社会的な言動を行うこと
④ 継続的、執拗な言動
- 同様の質問を執拗に繰り返すこと
- 当初の話からのすり替え、揚げ足取り、執拗な責め立てをすること
- 同様の電子メール等を執拗に繰り返し送りつけること
⑤ 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)
- 長時間に渡る居座りや電話で労働者を拘束すること
パワハラの類型と比べてみる
すでにパワハラ対策に取り組んでいる会社なら、比較すると理解が早いはずです。
| パワハラ指針の類型 | カスハラ指針での対応 |
|---|---|
| 身体的な攻撃 | ロ① 身体的な攻撃 |
| 精神的な攻撃 | ロ② 精神的な攻撃 |
| 人間関係からの切り離し | 対応なし |
| 過大な要求 | イ② 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求 |
| 過小な要求 | 対応なし |
| 個の侵害 | イ① プライバシーに関わる要求/ロ② 機微な個人情報の暴露等 |
カスハラだけにある類型は3つです。威圧的な言動、継続的・執拗な言動、拘束的な言動。
いずれも「その場から離れられない」「終わらない」という接客現場の構造を反映しています。社内の関係と違い、相手を選べないところに難しさがあります。
9類型に当てはまらなければセーフ、ではありません
最後に、いちばん大事な注意点です。
指針は、これらが典型的な例であること、個別の事案の状況等によって判断が異なる場合もあり得ること、そして限定列挙ではないことを明記しています。
だからこそ指針は、該当するか否か微妙な場合であっても広く相談に対応し、適切な対応を行うよう求めています。
9類型は、現場で一次判定をするためのチェックリストではありません。あくまで判断の目安です。最終的な判断を現場の担当者に丸投げする設計は危険です。
報告と引継ぎの経路をあらかじめ決めておくこと。それが指針の求める「あらかじめ定めた対処の内容」につながります。この点は次回以降で扱います。
まとめ
- 判断は「言動の内容」と「手段や態様」の2軸で行います。一方だけでも該当し得ます
- 内容の基準は「契約内容からして相当性を欠くか」です。契約文書の整備が対策の前提になります
- 労働者側の問題行動や会社側の不適切な対応も、判断要素に含まれます
- 内容が超えるものは4類型、手段や態様が超えるものは5類型が示されています
- カスハラ固有の類型は、威圧的な言動、継続的・執拗な言動、拘束的な言動の3つです
- 9類型は限定列挙ではありません。微妙な場合も広く相談に対応する必要があります
