令和8年8月から、高額療養費制度が変わりました。月額の上限が引き上げられる一方で、新たに「年間上限」が設けられています。負担が増える人と減る人が分かれる改正です。しかも見直しは2段階で、令和9年8月にも所得区分の細分化が控えています。何がどう変わったのか、法律事項と政令事項を分けて整理します。
高額療養費とは(法第57条の2)
一部負担金等の額が著しく高額であるときに支給される給付です。
家計に対する医療費の自己負担が過重にならないよう、医療機関の窓口で自己負担を支払った後、月ごとの自己負担限度額を超える部分が、事後的に保険者から償還される仕組みになっています。
限度額は、被保険者の所得に応じて設定されます。
窓口での支払いを限度額までにとどめる方法
もっとも、いったん高額な自己負担を支払うのは負担が大きいため、現物給付化の仕組みが用意されています。
| 方法 | 内容 |
|---|---|
| マイナ保険証を利用する | 限度額適用認定証が不要になる |
| 限度額適用認定証を提示する | 事前に保険者から交付を受けておく |
入院については以前から現物給付化されており、平成24年4月からは外来診療も対象になりました。同一医療機関で自己負担限度額を超える場合、窓口での支払いを限度額までにとどめられます。
多数回該当
直近12か月の間に高額療養費に該当した月が3か月以上あるときは、4か月目以降の自己負担限度額がさらに軽減されます。長期にわたって治療を受ける人への配慮です。
注意点として、多数回該当は同一保険者での療養に適用されます。国保から協会けんぽに移るなど保険者が変われば、月数は通算されません。
令和8年改正で条文が変わった
令和8年6月5日公布の「健康保険法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第31号)は、高額療養費についても国民健康保険法を改正しました。
改正されたのは、法第57条の2第2項です。
支給要件や支給額の算定にあたって考慮すべき事項として、従来から「被保険者の家計に与える影響及び療養に要した費用の額」が挙げられていましたが、ここにとりわけ長期にわたつて継続的に療養を受ける者の家計に与える影響が加えられました。施行日は令和8年8月1日です。
法律事項と政令事項を分けて理解する
ここは誤解が多いところです。報道や解説では「法改正で年間上限が新設された」と書かれることがありますが、正確ではありません。
| どこで定めるか | |
|---|---|
| 高額療養費を支給するという仕組み | 法第57条の2第1項 |
| 支給要件・支給額の算定にあたって考慮すべき事項 | 法第57条の2第2項 |
| 自己負担限度額の具体的な金額 | 政令(国民健康保険法施行令) |
| 年間上限の金額 | 政令 |
法律に書かれたのは考慮事項の明確化です。金額を決めるのは政令であり、年間上限もそこで定められます。
とはいえ、第2項の改正が無意味なわけではありません。限度額を政令で定める際に、長期療養者の家計への影響を考慮しなければならないという縛りが法律のレベルで課されたことになります。年間上限を設ける根拠が、法律上も明確になったといえます。
令和8年8月からの見直し
3つの柱
厚生労働省が示す見直しの内容は次のとおりです。
| 内容 | |
|---|---|
| ① | 低所得者の負担に配慮しつつ、一人当たり医療費の伸びに応じて月額の負担上限額を見直す |
| ② | 「多数回該当」の金額は維持(据え置き) |
| ③ | 新たに年単位の上限額である「年間上限」を設ける |
②と③が、長期療養者へのセーフティネットにあたります。
年間上限とは
月ごとの自己負担額が積み上がって年間の上限額に達した後は、それ以上の医療費について保険者から還付を受けられる仕組みです。
ここでいう年間とは、8月から翌年7月までを指します。年度(4月から3月まで)ではありません。
なぜこの仕組みが必要になったのか。月額の限度額を引き上げると、これまで限度額に達していた人が達しなくなり、その結果として多数回該当からも外れてしまう人が出ます。長期療養が必要なのに軽減を受けられなくなる、という事態を防ぐために、年単位の天井が用意されました。
厚生労働省の例示では、70歳未満で年収約370万円から約510万円の方が医療費100万円の治療を受けた場合、自己負担は約9.3万円に抑えられます。
令和9年8月からの見直し
見直しは2段階です。令和9年8月には、次の2つが実施されます。
| 内容 | |
|---|---|
| ① | 応能負担の観点から、所得区分をよりきめ細かく細分化する |
| ② | 「年収200万円未満の課税世帯」の多数回該当の金額を25%引き下げる |
①は、現在の限度額から著しく増加することがないよう配慮しつつ行われるとされています。②は低所得者への配慮です。
令和8年8月の時点では所得区分は従来のままで、細分化されるのは令和9年8月からという点に注意が必要です。
この見直しをどう読むか
厚生労働省は、見直しの基本設計をこう説明しています。
制度全体の持続可能性の確保の観点から、低所得の方の負担に配慮しつつ、主に療養期間が短期の方に追加の負担を求める。その一方で、多数回該当の金額を維持したうえで年間上限を設け、年収200万円未満の方の多数回該当を引き下げることで、長期療養者や低所得者へのセーフティネット機能を強化する。
つまり、短期の療養者には負担増、長期療養者と低所得者には負担軽減という方向です。
一度止まった経緯がある
この見直しは、令和7年に一度動きが止まった経緯があります。
高額療養費制度の在り方に関する専門委員会では、患者の立場の委員から、長期にわたる患者にとってなくてはならない制度であるという指摘が繰り返し出されました。
その結果として、多数回該当の限度額は現行水準を維持すること、そして限度額を引き上げると多数回該当から外れる人が出るため、新たに年間上限を設けることが打ち出されています。法第57条の2第2項の改正は、この議論の結論を条文に刻んだものといえます。
高額介護合算療養費
医療保険と介護保険の両方の自己負担がある世帯のための給付です。
高額療養費は原則として月単位の計算ですが(今回の改正で年間上限も新設されました)、高額介護合算療養費は最初から年単位で合算します。対象期間は毎年8月1日から翌年7月31日までで、基準日は7月31日です。
医療と介護の両方を使う世帯は、それぞれの制度で限度額まで負担すると合計額が過大になります。そこで両制度を通算した上限を設けたのがこの給付です。介護保険側からも高額介護サービス費等として支給され、医療・介護それぞれの保険者が按分して負担します。
支給されないケース
| 内容 | |
|---|---|
| いずれかが0円 | 医療分または介護分の自己負担額が0円のときは対象外 |
| 少額 | 自己負担限度額を超える額が500円以下のときは支給されない |
| 保険者が異なる | 同一世帯でも、加入する医療保険が違えば合算できない |
3つ目が実務では見落とされがちです。世帯単位といっても、同じ医療保険に加入していることが前提になります。75歳以上の家族が後期高齢者医療制度に移っていれば、国保の世帯とは合算できません。
なお、年間上限と高額介護合算療養費は期間の取り方が揃っています。どちらも8月から翌年7月までで、基準日は7月31日です。
まとめ
- 高額療養費は、一部負担金等の額が著しく高額であるときに支給される(法第57条の2)
- 令和8年改正で法第57条の2第2項に「とりわけ長期にわたつて継続的に療養を受ける者の家計に与える影響」が追加された(令和8年8月1日施行)
- 法律に書かれたのは考慮事項の明確化。限度額も年間上限も政令事項
- 令和8年8月から、月額上限の見直しと年間上限の新設。多数回該当は据え置き
- 令和9年8月から、所得区分の細分化と、年収200万円未満の課税世帯の多数回該当25%引下げ
- 年間とは8月から翌年7月まで。年度ではない
- 高額介護合算療養費は最初から年単位。医療分・介護分のいずれかが0円なら支給されない
従業員が高額な治療を受けるときは、マイナ保険証の利用登録があるか確認するところから始めてください。登録があれば限度額適用認定証は不要です。あわせて、食事代と差額ベッド代は高額療養費の対象外であること、治療が長期化しそうなら多数回該当と年間上限があることを伝えておくと、資金計画の見通しが立てやすくなります。年間上限は還付の仕組みなので、窓口で自動的に適用されるわけではない点も一言添えておくと親切です。
