ある会社から相談がありました。
当社では、直属の上司が認めれば在宅勤務OKにしています。ただ、最近気になることがありまして…この1年で在宅勤務中の若手社員が2人も退職してしまいました。
後で周囲から聞き取りをしたところ、辞めた2人ともだんだん元気がなくなり、「このままこの会社に居てもいいのだろうか?」とこぼしていたそうです。
じつは、辞めた2人の上司は同一人物です。もしかして、在宅勤務者に対するマネジメントに問題があったのではないかと考えています。今さらではありますが、在宅勤務者に対するマネジメントについて教えてください。
ご質問の退職者2名が「テレワーク勤務によるメンタルヘルス不調(「テレワークうつ」と呼ぶこともあります)」であったか否か、医師の診断が無いため確認はできなかったそうですね。
しかし、同じ上司の部下2名がほぼ同時期に退職してしまうのは何かマネジメントの問題があったのかもしれません。
この記事では、次の2点について解説します。
- メンタルヘルス不調がみられる社員への対応
- 「テレワークうつ」の予防6選:マネジメントの立場から
メンタルヘルス不調がみられる社員への対応
メンタルヘルス不調のサイン【上司・同僚が気づく変化】
メンタルヘルス不調のサインを次に示します。
ここでのサインは【『普段のその人』からの変化】です。
ですので、上司・同僚は普段から部下・同僚の様子や行動を知っておきましょう。
- 遅刻・早退・欠勤が増えた
- ミスや事故・ヒヤリハットが増えた
- 判断力・仕事能率の低下がみられる
- 周囲との会話が減った(Web会議・チャットでの雑談に参加しなくなった)
- 表情が暗い、元気がない、顔色が悪い
- 身体症状の訴えがあった
✓頭が重い ✓頭痛 ✓めまい ✓微熱 ✓吐き気 など
メンタルヘルス不調の早期発見と早期対応
次の3ステップで対応します。
- 上司・同僚による、部下・同僚のメンタルヘルス不調のサインへの気づき
- 当該労働者から話を聴く(1 on 1 ミーティングの場など)
- 対処する
傾聴の結果、対処するのは「仕事の問題」か「健康の問題」かを見きわめる。
(「仕事」「健康」両方の場合もあります)
● 仕事の問題 → 会社がサポートします。
✓ 業務の質や量
✓ 職場の人間関係・ハラスメント
✓ など
● 健康の問題 → 医療につなげます。
✓ 睡眠・食欲の異常
✓ 体調不良
✓ など
メンタルヘルス不調が疑われる場合
次の手順で医療につなげ、主治医の意見を聴いたうえで、会社が「休職」「就業上の措置」「通常勤務」を判断します。
- 【会社→労働者】労働者本人に医療機関への受診を促す(1 on 1 ミーティングの場など)
- 【会社→労働者】労働者に次の書類を渡します。
● 勤務情報を主治医に提供するの書類
(厚生労働省様式「勤務情報を主治医に提供する際の様式例」)
● 治療の状況や就業継続の可否について、主治医の意見を求める書類(意見書兼診断書)
(厚生労働省様式「治療の状況や就業継続の可否等について主治医の意⾒を求める際の様式例(診断書と兼用)」) - 【労働者→主治医→労働者】主治医に上記2番目の「主治医の意見書兼診断書」を記入してもらう。
- 【労働者→会社】「主治医の意見書兼診断書」を会社に提出する。
- 【会社→労働者】対応を判断する。
✓ 休職を命じる
✓ 就業上の措置(短時間勤務など)を行い勤務を続ける
✓ 通常通り勤務を続ける
なお、すでに労働者から主治医の診断書が提出されたときの対応は次の記事を参考にしてください。
メンタルヘルス不調の早期発見が大切
日本うつ病学会治療ガイドラインⅡ.うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害2016により、上記の「うつ病疾病モデル」が紹介されています。
- ストレスになる出来事が重なり、
✓ 周りのサポートが不十分な環境になります
✓ 十分な睡眠がとれなくなります - すると、脳の処理能力が低下し、機能不全が起こります
- 脳が機能不全を起こすと、物事の否定的な面ばかり見てしまうようになります
- 否定的な見方になると、
✓ サポートがあるのに過小評価して、「サポートが無い」と問題を一人で抱え込みます
✓ 一方で負荷を過大評価して、実際以上にストレスと感じる出来事が増えてしまいます
よって、予防としては、上記モデルの上流部分に対するマネジメントが有効だと考えられます。
- ストレスとなる出来事が重なる → 優先順位をつける
- 周囲のサポートが不十分 → 環境調整をする
- 睡眠の不足 → 睡眠の調整をする
上記の3項目を踏まえ、次に「テレワークうつ」の予防法6選について解説します。
「テレワークうつ」の予防法6選:マネジメントの立場から
経営者、人事労務担当者、管理職がマネジメントの立場から行う「テレワークうつ」の予防法6選は次のとおりです。
- 上司と部下との信頼関係を構築する
- 孤立を防ぐ
- 適切な業務進捗管理をする
- ONとOFFの切り替えを明確にする
- 職場のハラスメントを防止する
- 自律的に業務遂行できる人材を育成する
上司と部下との信頼関係を構築する
上司の観察力→信頼関係の向上→労働者の評価不安・孤独感を減少
株式会社パーソル総合研究所の「テレワークに関する不安感や孤独感に関する調査結果(2020/6/10)」より、
- 上司の観察力(上司からの被観察感)が上司との信頼関係を向上させ、
- 上司との信頼関係は、労働者の「評価不安」「孤独感」を減少させる
との報告がありました。
実は、冒頭のご相談にありました、部下2名が退職してしまった上司は、部下とのコミュニケーションがあまりなかったようです。
在宅勤務している部下としては、上司とのコミュニケーションが少ないと、放置されていたような気持ちになってしまいます。
おそらく上司の観察力(上司からの被観察感)は少なかったのではないかと考えられます。
1 on 1 ミーティングの勧め
「1 on 1 ミーティング」とは、上司と部下が1対1で行う対話のことです。評価面談とは異なり、人材育成を目的として、定期的にこまめに対話することです。
心理学用語で「ザイオンス効果(単純接触効果)」という、会えば会うほど相手に好感を持つようになる心理現象があります。「1 on 1 ミーティング」で定期的にこまめに対話すれば、上司と部下の理解が深まることが期待できますね。
また、Google社で効果的なチームの条件を調査した結果、「心理的安全性」が最も重要な因子であると結論づけました。
心理的安全性とは、対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方、つまり、「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうかを意味します。心理的安全性の高いチームのメンバーは、他のメンバーに対してリスクを取ることに不安を感じていません。自分の過ちを認めたり、質問をしたり、新しいアイデアを披露したりしても、誰も自分を馬鹿にしたり罰したりしないと信じられる余地があります。
職場内でお互いに信頼し合い、リスペクトし合える関係を構築することが大切だということです。
まずは上司と部下の信頼関係の構築をしましょう。
そのためには、単に1対1の面談をすれば良いというわけではなく、1 on 1 ミーティングを適切に行うために、もう少し解説します。
1 on 1 ミーティングの方法
- 対面による面談(定期的に出社する場合)
- テレワークであっても、Web面談など、顔の見える手段で行います
頻度
- 部下の人数にもよりますが、1~2週間に1回
- 1回あたりの時間は30分程度
- 定期面談にする(なぜなら、突然ミーティングを設定されると部下は身構えるので)
- 定期面談のほか、部下が相談したいときに備え、上司が面談可能な時間帯を別途設けてメンバーと共有する
目的
- 信頼関係構築のため
- 心理的安全性を感じてもらうため
- 業務の進捗管理
- 仕事のやり方の振り返り → 改善アドバイス
- 普段の様子を確認
- 悩み相談(1回の面談時間が短い場合は別途時間を設ける)
1 on 1 ミーティングの留意点
- 仕事ができている健康状態かどうか確認する
- 部下の小さな変化に気づいて対処する
- ただし、病気と決めつけてはいけない(病気かどうかの判断は医師が行う)
- 傾聴が基本。一方的な指導の場にしない
- 在宅勤務者に厳しめのフィードバックをする際には、家族等に聞こえないように配慮する
- ネガティブなフィードバックはメールやチャットなどの文章では厳しく受け止められがちですので、対面・電話・Web会議などの双方向のコミュニケーションで行いましょう。
話題
- チームや会社に対する提案・要望
- 仕事における悩み・課題
- プライベートからキャリア支援まで幅広い話題でOK
孤立を防ぐ
テレワーク労働者の不安感・孤独感
株式会社パーソル総合研究所の「テレワークに関する不安感や孤独感に関する調査結果(2020/6/10)」より、
- テレワーク労働者の不安感・孤独感は、職場におけるテレワーク労働者の比率が2~3割の群で最も高かった。
- 次に不安感・孤独感が高いのは、4~5割の群で、1割の群(ほとんどテレワーク労働者が居ない)、6~10割の群(ほとんどがテレワーク労働者)の順に不安感・孤独感が低かった。
との報告がありました。
職場のほとんどの労働者がテレワーク勤務である場合に、労働者の不安感・孤独感が低いことは、大変興味深いです。
2020年に始まったコロナ禍により、各企業でテレワークを余儀なくされました。テレワーク環境でのマネジメントの難しさを克服するため、各社から様々な知見が公表されています。
それぞれの会社が行った「孤立を防ぐための対策」について、おおむね次の5つにまとめられます。
- 「テレワークはソロワークではなくチームワークである」との認識を共有する
- 離れていても、時間を共有する(就業時間を合わせる)
- 離れていても、お互いの気配を感じる(常時WebカメラON)
- Web会議は出社勤務者もリモートで参加(みんな同じ環境)
- 用途に応じて複数のコミュニケーションツールを使い分ける
✓ メール:対外用
✓ チャット:社内用
✓ 電話:緊急時、文字に残すことが不適当なとき
✓ Web会議:チャットが続きそうなときにすぐにWebに切り替え - 意識的に雑談の場を設ける
✓ モーニングルーティン
✓ 自分チャンネル(つぶやき用) - 情報の民主化
✓ 情報を電子化し、必要な人が必要な情報にアクセス可能にする
✓ 情報は与えられるものではなく、自ら情報を取りにいくマインドの醸成
なお、この記事で参考にした書籍は記事の最後に紹介していますので、もしさらに詳しく内容を確認されたい方は、各書籍をお手に取って頂ければと思います。
適切な業務進捗管理をする
進捗確認のタイミング
- (例1|毎日確認)業務をタスクに分解し、1日でできる業務を決めて、毎日進捗を確認する
- (例2|随時確認)予めスケジュールを決めた上で、試作品や6~7割の完成度で一旦確認する(上司と部下の認識の違いがあっても、やり直すことが可能なタイミングで)
業務状況の可視化
- カレンダーの共有化
予備ワークを用意する
- 予定よりも早く仕事が終わったとき、他にやることが無い
- 業務についてわからないところがあるが、上司とすぐに連絡が取れない
上記のように、部下が手持ち無沙汰になってしまったときに、やることが無くて困らないように、予め予備ワークを部下に与えておきましょう。
予備ワークは、【緊急ではない重要な仕事】に分類される業務が良いと思います。
業務進捗管理の留意点
- 部下が仕事を抱え込んでいないか確認し、業務分担の見直し等の対策をしましょう
- 部下の報連相の遅れがあれば注意・指導をしましょう
- 部下が長時間労働をしていないか注意を払いましょう
ONとOFFの切り替えを明確にする
在宅勤務であっても「仕事モード」に切り替える
就業規則の服務規程に身だしなみに関する条項があると思います。
在宅勤務であっても、普段出社勤務するのと同様に身だしなみをするように促しましょう。
始業・終業の報告
勤怠管理ツールの打刻、メールなどを使っている会社が多いと思いますが、独自の始業・終業の報告方法を取り入れる会社もあります。
- チャットツールのオンラインで始業、オフラインで終業とするルールを設ける
- 毎日終業時に日記(業務日報ではない)を提出させる など
職場のハラスメントを防止する
テレワークでも職場のハラスメントはあり得ます。
職場のハラスメント対策は次の通りです。法令によりますので、必ず行わなければなりません。
- 事業主の方針の明確化
- 就業規則の服務・懲戒規定に定める
- 相談窓口を整備する
- ハラスメントがあったとき、事後の迅速・適切な対応をする
- 関係者のプライバシーを保護する
- 相談、調査への協力などを理由として、解雇や不利益な取り扱いをしてはいけない
- 上記の仕組みを労働者に周知する
自律的に業務遂行できる人材を育成する
武藤 久美子 著「個と組織を活かすリモートマネジメントの教科書」より、テレワーク実施者には3つの責任があるといいます。
- 周囲を安心させる責任
- 仕事環境をデザインする責任
- 心身の健やかさを維持する責任
周囲を安心させる責任
「この人なら在宅勤務をしても大丈夫」と思ってもらえる人材にならなければならない、ということです。
そのためには自分で自分の仕事を管理することができなければなりません。
労働者本人が、自分が行っている業務の進捗状況、スケジュール等の共有、チャットやメール等への応答の様子で信頼を積み重ねなければなりません。
仕事環境をデザインする責任
在宅勤務を行う場所は、社員のプライベートな空間であり、実際に仕事環境のデザインに関して会社が介入するのは難しいです。よって、在宅勤務者本人が、就業時間中に自分にとって能力が発揮できるための環境を考える責任があります。
心身の健やかさを維持する責任
健康管理上、在宅勤務では圧倒的に運動量が少なくなりますし、食事内容や起床就寝時刻が乱れがちです。
- 適度な運動を取り入れる、散歩する
- できるだけジャンクフードを食べない、間食を減らす
- 規則正しい生活リズムを維持する(会社に行くのと同じ生活リズムにする)
職場でできるうつ病予防のための取り組み
日本うつ病学会治療ガイドラインⅡ.うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害2016にの「うつ病疾病モデル」の上流部分3つに対するマネジメントが有効であると考えました。
- ストレスとなる出来事が重なる → 優先順位をつける
- 周囲のサポートが不十分 → 環境調整をする
- 睡眠の不足 → 睡眠の調整をする
具体的に、経営者、人事労務担当者、管理職がマネジメントの立場から行う「テレワークうつ」の予防法として次の6つを解説しました。
- 上司と部下との信頼関係を構築する
- 孤立を防ぐ
- 適切な業務進捗管理をする
- ONとOFFの切り替えを明確にする
- 職場のハラスメントを防止する
- 自律的に業務遂行できる人材を育成する
それぞれ、上流部分に対して次のように対応します。
ストレスとなる出来事が重なる
業務進捗管理
業務に優先順位をつけることで、労働者本人が混乱しないように心がけましょう。
周囲のサポートが不十分
上司との信頼関係を構築
1 on 1 ミーティングを活用し、積み重ねにより信頼関係を構築しましょう。
孤立を防ぐ
就業時間は合わせる方が望ましいです。
コミュニケーションツールを活用し、意識的にコミュニケーションを増やしましょう。
ON/OFFの切り替え
始業・終業の報告。メリハリが必要。
ハラスメント相談窓口の設置
1 on 1 ミーティングで相談を受ける機会もあるでしょう。
後々、行為者への処分などが必要になるときに、就業規則に沿って適切に手続きが行われたかどうかがポイントになります。
よって、ハラスメントに関する相談をうけたら、相談窓口に相談することを促すことを忘れずに。
睡眠の不足
テレワークを行う労働者に対して、自己の健康管理についても自律的に行うように教育・指導する必要があります。
むすび
テレワーク環境でのマネジメント手法の変化に対応しましょう
テレワークは離れた場所で仕事をするという特性があります。
コミュニケーションに課題があるため、チャット、Web会議システム、クラウドシステムなどの各種のICTツールが活用されていますが、大切なのはこれらのICTツールを使うリーダー・メンバーのマインドを変えることだと思います。
今までは、同じ場所で仕事をしていたので五感をフル稼働して【空気を読むコミュニケーション】をしていましたが、テレワークでは視覚と聴覚のみ使いますので【説明し合うコミュニケーション】への変化が求められます。
ただ、この【説明し合うコミュニケーション】はテレワークに限ったことでしょうか?私はテレワークに限らないと思います。
日本人同士でも多様な価値観があります。今後、外国人と一緒に働くならば、なおさら多様な価値観を持つメンバーが増えるでしょう。
「以心伝心」「言わなくてもわかる」「常識でしょ」という考え方は、もはや通用しないのではないでしょうか?
部下・同僚がチャット等で報連相をしたら、上司・同僚は報連相が伝わったことをしっかりと部下・同僚に伝えなければ、部下・同僚には何も伝わりません。
なお、上司が部下の行動を監視し、逐一指導する【マイクロマネジメント】はテレワークに限らずどの勤務形態であっても部下のメンタルヘルス不調の原因になりかねないことは言うまでもありません。一方で、放任すると部下の孤独感が増してきます。
【場所は離れていても、時間を共有し、お互いの気配を感じられる】程よい距離感のチームワークにすることが、テレワークうつの予防に大切なことだと考えます。
今回は、【在宅勤務のマネジメント「テレワークうつ」の予防法6選】と題して、テレワーク環境でのマネジメントのポイントを解説しました。出社勤務でのマネジメントにも共通すると思います。
今回の記事が参考になりますと幸いです!