ある会社からの相談です。

最近、ある社員から「体調が悪くて出社がつらい」と相談がありました。詳しく聞くと、朝起きられない、通勤電車に乗ると気分が悪くなる、とのことです。本人は「在宅勤務にしてもらえれば働ける」と言っているのですが、どう対応すればよいでしょうか?

「出社できないけれど在宅勤務なら働ける」という申し出は、一見すると合理的な解決策に思えるかもしれません。
しかし、在宅勤務を認める前に、会社としてやるべきことがあります。
この記事では、メンタルヘルス不調が疑われる従業員から「出社できない」と相談があったときに、会社がとるべき対応を順を追って解説します。
まずは医療機関の受診を勧める

従業員から「出社がつらい」「体調が悪い」と相談があったとき、まだ受診していない・診断書がない段階であれば、まず医療機関の受診を勧めてください。
会社は医療の専門家ではありませんので、従業員の訴えだけで「メンタルヘルス不調である」と判断することはできません。朝起きられない、通勤がつらいといった症状がメンタルヘルス不調によるものなのか、それとも他の要因によるものなのかは、医師の診察を受けなければ分かりません。

受診する前に、本人が希望する在宅勤務をとりあえず認めてあげてもよいのではないでしょうか?

お気持ちは分かりますが、診断書がない段階で在宅勤務を認めることはおすすめしません。
理由は次の2点です。
第一に、根拠のない対応は周囲の不満につながります。 主治医の診断書・意見書などの根拠なく特定の労働者の希望を受け入れると、他の従業員から「なぜあの人だけ特別扱いなのか」という不満が生じます。会社としては、医師の診断書を根拠に「安全配慮義務のために行っている措置です」と説明できるようにしておく必要があります。
第二に、必要な治療の機会を逃す可能性があります。 もし本当にメンタルヘルス不調であれば、在宅勤務で働き続けることが適切とは限りません。在宅勤務を認めてしまうことで、本来受けるべき診察や治療が後回しになるおそれがあります。
診断書を取ってもらう(勤務情報提供様式の活用)
休職・在宅勤務・労働条件の変更を求める場合は診断書が必要
受診の結果、休職、在宅勤務、時間短縮、業務内容の変更など、何らかの労働条件の変更を労働者が求める場合は、主治医の診断書を会社に提出してもらいます。
「勤務情報提供様式」を先に主治医に渡す
ここで実務上とても重要なポイントがあります。
従業員が主治医に診断書の作成を依頼する際に、会社から主治医宛ての「勤務情報を主治医に提供する際の様式例」を先に渡してもらうようにしてください。

なぜ先に渡す必要があるのですか?

主治医は、患者(労働者)から聞いた情報をもとに診断書を書きます。しかし、患者から聞いた勤務情報と、会社が把握している勤務情報に乖離がある場合があります。
例えば、主治医が「在宅勤務であれば就労可能」と診断書に書いたとしても、その従業員の業務が在宅勤務に適さない場合はどうなるでしょうか。会社は主治医に対して「在宅勤務ができない業務なのですが、その場合は就労不能ということですか?」と問い合わせなければなりません。
このような二度手間を防ぐために、会社の業務内容、勤務形態、通勤状況などの正確な勤務情報を先に主治医に提供しておくのです。そうすることで、主治医は会社の実情を踏まえた診断と意見を出すことができます。
なお、産業医がいる場合は、産業医の意見も踏まえた総合的な判断をします。
診断結果による対応の分岐
主治医の診断書が出たら、会社はその内容に基づいて対応を判断します。大きく分けて次の2つのケースがあります。
ケース1:「休職が必要」と診断された場合
主治医が休職を必要と診断した場合は、まずは休職させます。 会社としては安全配慮義務違反を避けるため、主治医の意見を尊重します。
メンタルヘルス不調の治療において、多くの場合、主治医は不調の原因となる会社との接点を極力なくし、療養に専念することを推奨しています。「出社はできないが在宅勤務なら働ける」という状態は、医学的に見れば中途半端であり、適切な療養とはいえません。
休職中の対応や復職の判断については、別記事で詳しく解説しています。
ケース2:「就労可能だが配慮が必要」と診断された場合
主治医の診断が「就労可能だが、通勤負荷の軽減や業務量の調整などの配慮が必要」という内容であった場合は、会社の実情を踏まえて対応を検討します。
具体的には、次の点を確認します。
- 就業規則に在宅勤務や時短勤務などの制度があるか
- その従業員の業務が在宅勤務に適しているか
- 現場の業務体制として対応可能か
- 産業医がいる場合は産業医の意見
これらを総合的に判断した結果、現実に会社が希望通りの対応が可能であれば、配慮措置として認めます。
配慮措置としての在宅勤務の具体的な進め方は、別記事で解説しています。
在宅勤務は「配慮措置」になるのか?

在宅勤務を認めれば通勤の負担がなくなりますし、本人のペースで働けるので、配慮措置として良い方法ではないでしょうか?

在宅勤務には通勤負担の軽減というメリットがあることは確かです。しかし、メンタルヘルス不調の場合は、在宅勤務が必ずしも適切な配慮措置とは限りません。
社労士としての実務経験と、医学研究に携わってきた立場(医学博士)としての知見からも、メンタルヘルス不調に対して在宅勤務という中途半端な対応は推奨できないと考えています。
在宅勤務がかえってリスクになるケース
生活リズムの維持が難しい: メンタルヘルス不調の回復には規則正しい生活リズムが重要ですが、在宅勤務では就寝・起床時刻が乱れやすく、回復を妨げるおそれがあります。
孤立が深まる: オフィスでの日常的なコミュニケーションがなくなることで、孤立感が増し、メンタルヘルス不調が悪化するリスクがあります。
療養すべき段階で無理をしてしまう: 本来は休養に専念すべき状態であるにもかかわらず、「在宅勤務なら働ける」と無理をした結果、症状が長期化・悪化する可能性があります。
会社との接点が切れない: メンタルヘルス不調の治療では、主治医が不調の原因となる会社との接点をなくすことを推奨する場合が多いです。在宅勤務ではメールやチャット、Web会議を通じて会社との接点が続くため、療養の妨げとなることがあります。
在宅勤務中のメンタルヘルス不調の予防については、別記事で解説しています。
「出社できない」の本当の原因を見極める
実務上の経験から申し上げると、「出社できないが在宅勤務なら働ける」という希望の背景には、メンタル疾患そのものではなく、職場の人間関係の問題が隠れていることがあります。
つまり、病気で出社できないのではなく、職場の煩わしい直接的な人間関係を避けつつ収入を得たいという意図がある場合です。
もちろん、人間関係のストレスがメンタルヘルス不調の原因となっているケースもありますので、この見極めは慎重に行う必要があります。
会社が確認すべきこと
ハラスメントの有無を確認する: 「出社がつらい」の原因がパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントなどのハラスメントであれば、在宅勤務で本人を遠ざけるのではなく、ハラスメントそのものに対処しなければなりません。ハラスメントを放置したまま在宅勤務で「逃がす」対応は、根本的な解決にはなりません。
配置転換の検討: ハラスメントの有無にかかわらず、特定の人間関係が不調の原因であれば、再発防止策として配置転換も視野に入ります。本人の職場復帰後の環境調整として有効な場合があります。
安全配慮義務の観点から会社が注意すべきこと

安全配慮義務の観点から、会社はどのようなことに気をつけるべきですか?

使用者には労働契約法第5条に基づく安全配慮義務があります。
(労働者の安全への配慮) 第五条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
e-Gov法令検索 労働契約法 第5条
メンタルヘルス不調の従業員への対応において、安全配慮義務の観点から特に注意すべき点は次のとおりです。
「何もしない」が最大のリスク
従業員から「出社がつらい」と相談があったにもかかわらず、受診勧奨もせず、何の対応もしないまま放置した場合、安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。相談があった事実とその後の対応は必ず記録に残してください。
主治医の意見を尊重する
主治医が「休職が必要」と診断した場合に、会社の判断で「在宅勤務で対応しよう」と休職させないことは、安全配慮義務上のリスクが高い対応です。主治医の意見を尊重し、休職が必要であれば休職させることが、会社にとっても従業員にとっても適切な対応です。
対応のプロセスを記録する
受診勧奨を行ったこと、診断書の内容、それに基づく会社の判断、本人への説明内容など、一連の対応プロセスを記録に残しておくことが重要です。万が一、後日トラブルや訴訟に発展した場合に、会社が安全配慮義務を果たしていたことの証拠になります。
むすび
メンタルヘルス不調で出社できない場合は、まずは医師の診察を受けて療養することです。
「出社できないが在宅勤務なら働ける」という状態は、医学的に見れば中途半端です。在宅勤務は万能薬ではなく、本来休養すべき段階で無理に働き続けることは、回復を遅らせるリスクがあります。
会社としては、従業員からの相談があった段階で速やかに受診を勧奨し、主治医の診断書に基づいて対応を判断してください。その際、勤務情報提供様式を先に主治医に渡すことで、会社の実情を踏まえた的確な診断と意見を得ることができます。
メンタルヘルス不調の原因が職場の人間関係やハラスメントにある場合は、在宅勤務で本人を遠ざけるのではなく、原因そのものに対処することが根本的な解決策です。
対応に迷われましたら、社会保険労務士にご相談ください。



