
「社労士の仕事はAIに代替されるのですか?」とよく聞かれます。私はその問いに、こう答えています——
かつては「〇〇って何ですか?」から始まる相談が多くありました。今は違います。「ChatGPTで〇〇を調べたら△△と書いてあったんですが、うちの場合はどうですか?」という入り方が当たり前になっています。
これは社労士にとって脅威ではありません。むしろ、私たちの仕事の本質が問われる局面が早まっただけです。
同じAIに同じ質問をすれば、誰でも同じ答えが返ってくるのでしょうか
「AIを使えば、専門家に頼まなくても同じ情報が得られる」——そう思っている方も多いかもしれません。実際のところ、これは半分正しく、半分は違います。
試しに「就業規則の作り方を教えてください」とAIに入力してみてください。誰が入力しても、ほぼ同じ回答が返ってきます。記載すべき項目、法律上の要件、厚生労働省のひな形の存在——この種の情報は、検索エンジンで調べるのとさほど変わりません。
ところが質問が変わると、話は違ってきます。
「製造業・従業員200名・平均年齢48歳・ここ3年で離職率が上がっている会社の就業規則を、採用強化につながる内容に見直したい」
AIに慣れた方であれば、このような詳細な条件を加えることもできるでしょう。そしてAIは、より精度の高い回答を返してきます。しかしここで終わりではありません。
同じAI、同じプロンプトを使っても、使い手のAIに知見の蓄積——プロジェクト機能の設計、過去会話の参照、ファイルのアップロード(いわば教師データ)、システムプロンプトの構築——があるかないかで、回答は大きく変わります。そしてAIに何を蓄積させるかを設計できるのは、深い専門知識を持った人間だけです。
さらに言えば、返ってきた回答が最新の法改正を正しく反映しているか、その会社の状況に照らして本当に適切かを判断するには、AIの外側にある知識と経験が必要です。AIはどれだけ精度の高い回答を出しても、その判断に責任を負いません。一方で、顧問社労士は負います。
AIが示すのは「平均的ポジション」です
AIの回答は正確です。しかし、それは「一般的に正しい」という意味での正確さであって、「あなたの会社にとって正しい」という意味ではありません。
労働法には、違法と適法の境界線があります。その境界線より内側、つまり合法の範囲は想像以上に広いです。残業代の計算方法、試用期間の設定、懲戒処分の基準、退職勧奨の進め方——いずれも「ここからここまでが合法」という幅の中に、無数の選択肢があります。
AIはその幅の中で「平均的なポジション」を教えます。どの企業にも当てはまる、最大公約数的な答えです。それ自体は間違っていません。しかし、平均値がその企業にとっての最適値であることは、ほとんどありません。
合法ゾーンの中に「最適点」があります
最適なポジションを決めるには、AIには見えない変数が必要になります。
- 財務体力——残業規制を厳格化したとき、代替人員を確保できるか。
- 経営者の人間観——ルールで縛る組織にしたいのか、信頼で動かす組織にしたいのか。
- 従業員層の特性——高齢化が進んでいるか、若手中心か、パートが多いか。
- 業界慣行——同業他社との比較で優位に立てるか。
- 採用戦略——3年後にどういう人材を採りたいか。
これらを総合して初めて、「この会社の、この時点での最適解」が見えてきます。
社労士の仕事は「何が許されるか」を教えることではありません。「何をすべきか」を、その企業の文脈の中で判断することです。
思想がなければ判断できません
ただし、これには前提があります。社労士自身が、労務・経営・社会に対する「思想」を持っていることです。
合法ゾーンの中でどのポジションを選ぶかは、価値観の問題です。従業員を守ることが企業の持続可能性につながるという信念。日本の労働環境が抱える構造的な問題への認識。目の前の企業だけでなく、社会全体をより良くするという視点。
そういった思想がなければ、無数の選択肢の前で「平均的な答え」に戻るしかありません。顧問社労士と単なる書類作成代行の違いは、ここにあります。
AIを使いこなす専門家こそが強い
最後に誤解のないよう申し上げます。AIは敵ではありません。
私自身、日常的にAIを活用しています。法改正の確認、書類の下書き、判例の整理——これらの作業スピードは飛躍的に上がりました。しかしAIが出した答えを、そのままクライアントにお渡しすることはありません。
ここで重要になるのが「AI対話力」——何を問い、何を引き出し、何を判断するかという能力です。AIに適切な問いを立て、返ってきた回答を専門家の目で検証し、その企業の文脈に合わせて整える。この一連の工程は、専門知識と実務経験がなければできません。
クライアントがAIを使えば使うほど、「AIにこう言われたが、うちの場合はどうすればいい?」という相談が増えます。高度なセカンドオピニオンの需要は、AIの普及とともに高まっていきます。
むすび
顧問社労士を持つ意味は、答えを知っている人を置くことではありません。
合法という広いフィールドの中で、その企業にとっての最適点を、思想を持って一緒に探す存在を持つことです。
使い手のAIに知見の蓄積があるかないかで、同じプロンプト・同じモデルでも回答は変わります。AIは道具です。その道具に何を蓄積させ、どう設計し、何を引き出すかを判断できるのは、長年の実務経験と思想を持った専門家だけです。
お客様がAIを使いこなす時代だからこそ、「AIを使いこなす専門家」を顧問に持つ意味が、より一層高まっています。